もう本当に掠れる声。
「こ… の場所が… なぜ?」
聡がうんざりと、瑠駆真が不愉快そうに振り返る先で、霞流慎二が右手をあげる。
「どこの岩屋戸へお隠れになったのかと思えば、まさかこのようなところにおられたとは」
手には薄型の携帯電話。
「今の携帯には、GPS機能というものが搭載されている。美鶴さんへ渡す時、念の為に加入と設定をしておいた。京都で、もし何かあっても探し出せるようにね」
別に保護者を気取っているつもりはないと肩を竦める慎二の髪が、薄明かりの中で金糸に揺れる。
部屋の隅に放り出され、少し汚れた美鶴の鞄。
そういえば、美鶴が目覚めた時、澤村優輝は携帯を操作していた。ここは、繋がる場所なのだ。
「美鶴っ!」
背後から飛び出したツバサが、床に横たわる身体へ駆け寄る。
「美鶴? 美鶴っ!」
ただ名前だけを叫び、身体を揺する。薄っすらと動く瞳に光があるのを感じ、抱きしめて、慟哭する。
「ごめん! ごめんねぇ こんなコトになってるなんて…」
その先の言葉を失うと同時、部屋の隅で人影が動く。気を失って倒れこむ里奈を、蔦康煕が慌てて抱える。
「携帯で検索して、この繁華街にいる事はわかった。でも、それならおばさんの店に身を寄せているとも考えられる」
冷静に告げようとしながらも、瑠駆真の両手は怒りに震える。
美鶴の母親、大迫詩織が勤める店もこの繁華街にある。
霞流の屋敷。
携帯を操作する慎二。
なぜ彼が美鶴の位置を検索できるのか? 訝しる瑠駆真の横で、聡が蔦康煕からのメールを凝視する。
「何で、蔦が美鶴の居場所なんて聞いてくるんだ?」
大迫美鶴は今どこにいる?
問いかけてきた蔦のメールに、聡は妙な不安を感じた。
電話に出た蔦はツバサと変わるが、気が動転しているのか、言っている意味がよくわからない。ただ、後ろ手に縛られた美鶴の写真がどうたらと―――
「縛られてる?」
携帯のやり取りを断片的に聞いていた瑠駆真が乗り出す。慎二もさすがに立ち上がった。
二人と待ち合わせ、五人で検索した繁華街へ。
だが携帯の情報は大雑把で、だいたいの位置しかわからない。東京の都心部ならまだしも、地方ではまだ細部まで対応していない場所も多い。
しかもここは、繁華街でも裏道の裏道。ごちゃごちゃと立ち並ぶ雑居ビルの地下。たとえ建物を特定できたとしても、この部屋にまで辿り着くのは容易ではない。こんなに簡単に見つかるワケがない。
「簡単…… と言うわけではなかったかな」
浮かべる苦笑にもどことなく余裕を漂わせる慎二。場の状況を理解しているのか、疑いたくもなる。
「なぜ………」
優輝の言葉に、慎二の背後でもう一人。だが、口を開くのは慎二。
「この辺りには、少々知り合いもおりましてね。何人かにお伺いしたのですよ。そうしたら、女子高校生を男三人がかりで連れ込んでいるのを、友人の一人が目撃していましてね」
「この辺りではあんまり珍しくもないから、誰かに伝えようなんて思いもしなかったけど」
背後から慎二の肩に腕を乗せるのは、なんと言うか…… いわゆる女性のような艶かしい男性。
声も服装も、様相は間違いなく男性。だが、どことなく女性。
「まさか、慎ちゃんのお友達だったとはね」
そんなやりとりを背に鼻をすするツバサ。
「ごめんね、美鶴」
腕を縛る縄を必死に引っ張る。だがツバサの力では、どうにもならない。
無茶苦茶に縄を弄くる手の上に、大きな掌が覆いかぶさった。
瑠駆真が、無言で縄を解く。
「るく…」
そばに膝をつく瑠駆真。怒りを抑えるのに精一杯で、もはや何の表情も浮かばない。
美鶴はそんな顔を朧げに見上げ、だが疲労が全身を蝕んでいく。
あれ? 私、何か瑠駆真に言いたいことがあったんじゃなかったっけ?
言いたい事? 聞きたいこと?
何だっけ?
頭に邪魔な靄がかかり、そのまま意識を失う。
ぐったりとする美鶴。両腕で抱え込みながら、ツバサは嗚咽する。
「大丈夫。俺、お前を信じてる」
コウの優しさがなかったら、きっと私、隠したままだった。
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